「生誕80周年 澤田教一:故郷と戦場」開催。未発表カットを含む写真、資料300点を展示

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ベトナム戦争の象徴的なイメージとして広く知られる《安全への逃避》(1965年)を含む一連のベトナム戦争写真でピュリツァー賞を受賞した澤田教一は、青森県青森市の出身。今回の展覧会では、未発表のカットを含む写真や資料300点余りを、彼の故郷の地で展示。その中には、《安全への逃避》の前後のカットなども含まれています。
1936(昭和11)年に青森市に生まれた澤田教一は、1965年、戦火の絶えないインドシナ半島に赴き、カメラマンとして活躍しました。
ベトナム戦争が拡大の一途にあった時期、激戦地での撮影を続けた澤田は、34歳で銃弾に倒れるまでの約5年間に、数々の傑作を世に出し、報道写真界の頂点に上りつめます。
ピュリツァー賞受賞作に含まれる《安全への逃避》(1965年)では、戦闘で故郷を追われながら、必死に生き抜こうとするベトナムの人々の姿を捉え、世界中に戦争の過酷な現実を突きつけました。

青森県立美術館は、澤田教一夫人の澤田サタ氏から、2014年度より、フィルムや電送写真原稿など、多くの資料を寄託されました。
この展覧会では、それらの調査に基づき、未発表のカットを含む写真や資料300点余りを展示いたします。
写真に写し出された故郷と戦場、そこに交錯する生と死を通じて、澤田教一が身を賭して追いかけたものにせまります。

展示構成:
澤田教一の生涯の活動を年代にしたがって、撮影地を中心に、青森(1936〜1961年)、ベトナム(1965〜1968年)、カンボジア(1967〜1970年)と大きく3つのパートに分けて紹介します。
・写真作品約230点(内未公開写真約100点)
・資料約120点(電送写真原稿、ポートレイト写真、手帖、書簡、軍用ヘルメット、ニュース映像等)

見どころ:
①初期作品等未発表写真多数
本展ではサタ夫人所蔵のオリジナルフィルムに含まれる未公開のカットから、新たに制作したプリントを多数展示いたします。
青森でのアマチュア時代に撮った米軍三沢基地内やその周辺の風景写真がまとまった形で公開されるのは今回が初めてです。

②テト攻勢下のフエ
1968年、テト攻勢の際に、誰よりも早くフエに入り前線で撮影した攻防戦のシリーズを、澤田の最高傑作と呼ぶ人は少なくありません。戦闘の勃発から収束まで、約1か月にわたるフエの取材でのクライマックスを大型写真と連続カットの写真、計4 点で、大展示室の壁面を利用して展示。

③《安全への逃避》連続ネガとピュリツァー賞受賞写真帳を複製で展示
ベトナム戦争の象徴的なイメージとして広く知られている《安全への逃避》。
今年3月、青森県立美術館の調査によって、 そのオリジナルネガフィルムが米ペンシルバニア州ピッツバーグ近郊の地下収蔵庫に保管されていることが確認されました。前後のカットとともに連続する3カットをパネルで紹介します。

展覧会概要

タイトル:生誕80周年 澤田教一:故郷と戦場
会期:2016年10月8日(土)〜12月11日(日)
会場:青森県立美術館 青森県青森市安田字近野185 Tel:017-783-3000
開館時間:9:30〜17:00(最終入場16:30まで)
休館日:10月11日(火)、10月24日(月)、11月14日(月)、28日(月)
観覧料:一般 1,300円(前売・団体 1,100円)、高大生 800円(前売・団体600円)、小中学生無料
※心身に障がいのある方と付添者 1 名は無料
※小・中・特別支援学校の引率者が、学校教育活動として観覧する場合は無料
※コレクション展観覧料は含まれません

澤田教一
Sawada Kyoichi
1936年 青森県青森市に生まれる。
1954年 青森県立青森高等学校卒業。同期に寺山修司がいた。
1955年 米軍三沢基地内のカメラ店で働きながら、本格的に写真を撮り始める。
1961年 プロのカメラマンを目指し上京。同年12月UPI通信社東京支局写真部に入社。
1965年 UPI サイゴン支局にカメラマンとして赴任。9月、代表作となる《安全への逃避》を撮影。
この写真で12月、 第9回世界報道写真コンテスト第1位を受賞。
1966年 《安全への逃避》を含む一連のベトナム戦争の写真でピュリツァー賞を受賞。
《泥まみれの死 》、《敵をつれて》が、第10回世界報道写真コンテストで第1位、第2位を受賞。
ベトナム戦争の写真でU.S.カメラ賞を受賞。
1968年 2月、テト攻勢下のフエを撮影。9月、UPI 香港支局写真部長として転勤。
1970年 UPIサイゴン支局に再び赴任。5月、カンボジアでUPIプノンペン支局のロバート・ミラー記者と共に
取材に向かう途中、共産主義勢力の兵士に捕まり、8時間あまり拘束されるが無事生還。
10月、カンボジア取材中、プノンペン近郊で銃殺され、34歳で死亡。
カンボジアを取材した一連の写真により、死後、1971年のロバート・キャパ賞を受賞。

青森県立美術館▶︎




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